奥久慈の自然
茨城県の奥久慈の自然をテーマにしたビデオ作品のナレーションをさせて頂いた事があります。奥久慈の小動物や植物を、一年がかりで丹念に取材した大作です。シータテハ等珍しい昆虫の生態や季節ごとの植物も色美しく記録されています。八溝山の全景を春・夏・秋・冬と同じポジションのカメラでオーバーラップさせていく映像がタイトル前の導入部分に使われていました。よくお天気情報などに使われている定点カメラの映像かと思って聞いてみたら、機材を担いで1時間以上かけて山を登って撮影した映像だと聞いて少し驚きました。多少のずれは編集で修正できるかもしれませんが、季節毎、同じポジションにカメラを構えるのには大変苦労したようです。特殊な技術が必要だそうですが、残念ながらそこまでは聞くことが出来ませんでした。作品は30分程に編集されていましたが、これまでの撮影時間を考えるとナレーションの役割は重大です。時間がかかるのは撮影だけではありません。膨大な量の素材テープの編集、そしてナレーション原稿作り、音楽・SE入れ。最後がナレーションMA作業です。テーマは「豊かな自然に感謝し人間との共存を考える」自然テーマ館で訪れた人に見て貰う作品です。記録映画と言えば重厚なナレーションが定番でした。しかしこの作品は、樹齢400年の八溝山のブナの木が一人称で語る構成で、私はそのブナの木の役です。
テレビ番組はほとんどナレーションが入っています。ドラマからバラエティー・ニュース番組・コマーシャル。テレビは不特定多数の人が見るので、ナレーションで補足してあげないと多くの視聴者に理解して貰えません。時間をかけて制作した映像に音楽を入れ最後にナレーションを入れます。先発投手が8回を投げて勝てる直前の試合、最後に登場する抑えのピッチャー大魔神のような役割かもしれません。手元が狂ってすっぽ抜けると試合に負けてしまいます。かといってここでパフォーマンスをしてフォアボールやデッドボールを連発しても押し出しで負けてしまいます。時間をかけた取材を生かし制作者の想いや意図を正確に伝え、かつ視聴者に楽しんで貰わなければなりません。テレビは熾烈な視聴率競争があるので、ナレーションの役割はさらに大きくなります。かと言って9回の裏の守り、これ以上得点を増やすことは出来ません。ただ映像や原稿に描かれている事以上は表現出来ないのです。焦って事実と異なることを言ったり、確認しないまま声にしてしまうと、取り返しのつかないエラーとなるばかりか、視聴者の信頼を裏切る事になってしまいます。
テレビ番組以外の仕事は、スタジオで収録する前に原稿を送って頂きます。以前はファックスでしたが最近はメールが多くなりました。私は残念ながら奥久慈に行ったことがありません。そこで奥久慈とはどんな所か下調べをします。仕事の合間をぬって図書館などで調べますが、インターネットのおかげで今はほとんどPCで用が足ります。おかげで色々なことが分かります。八溝山は茨城県で一番高い山で標高は1022メートル。行ったことのない人でも名前だけは知っている袋田の滝は日光華厳の滝、和歌山嘗那智の滝と並び日本三大名瀑の一つ。高さ120m、幅73mで大きく4段になっているので四度の滝とも呼ばれる・・・等々、医学作品から、宇宙の謎に迫る物理学の作品まで、色々な仕事をするので知識が豊富になるはずなのですが、私の場合はすぐ忘れてしまいます。
さて原稿をチェックし終わったら、一度声を出して読んでみます。ナレーションで難しいのはタイミングです。文章が長すぎたり逆に少なすぎて映像とずれたり、また音楽と合わない場合もあります。ですから映像を見る前に家で下読みするときは、柔軟に対応できるように心がけます。文章を色々な長さで読み分ける事も出来ますが、限界はあります。一つの作品でナレーションが急に速くなったりゆっくりしたりするのでは、どんなにすばらしい映像も台無しです。ですから原稿が長すぎる場合、どうしても必要な情報以外は極力削除してもらいます。完璧な原稿さえ出来れば、もう作品ナレーションの半分は終わったようなものです。さて後はゆっくり休み、本番の収録に備えます。
ビデオサロンのコラムで連載した「ナレーターのひとりごと」を元に書き直したものです。
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