Archive for 講師

毎回エキサイティングです!

ワークショップを始めて一月経ちました。
いろんな方が参加してくれて、毎週ワクワクしながらレッスンしています。
多くの才能と触れあうことで、刺激的な毎日を過ごしています。

参加者にはそれぞれの、表現スタイルがあります。
劇団出身の人は、その劇団の、映画をやっている人は、その集団の、アナウンサーにはアナウンサーの、
それぞれのスタンスがあり、同じ課題をやってもらうと、その違いがはっきり出て来ます。

ワークショップではお互いに吸収しつつ、刺激しあい、スキルアップにつなげる、そうした方向で進めています。

まず縦軸に、時間 横軸に、意識のベクトルを表す図を作りました。
これで見ると自分の演技スタイルの位置がよくわかります。
他人の位置もわかります。
ナチュラルな演技スタイルならば、限りなくゼロに。
アピール度の強い演技スタイルなら、マックスに。
ゼロからマックスへの対角線が虚実皮膜ラインでしょうか・・?
作品や役によって、どのスタイルの表現も自在に出来るようになるのが理想です。

多くの人は自分のスタイルに自信を持っています。
愛しています。信じています。
とても素敵な事です。

特に劇団は、アンサンブルですから、演技スタイルが統一されていなければ大変な事になります。
強烈な個性を持ったリーダーがいる劇団ほど、その集約度は強くなります。
教祖的な存在になりがちです。

師を持つと言うことは素晴らしい事ですが、
マインドコントロールされます。
弟子はそれを受け入れなければ稽古になりません。
師弟関係とはそういうものです。
だから弟子は命がけで、師を選ばなければなりません。
歌舞伎や落語・講談の世界は、弟子入りしなければ、舞台に立てません。

ところが、ワークショップや養成所は師を選ぶ為に行くのではありません。
仕事に役立つスキルを身につける為に行くのです。

私も劇団に居ましたし、師と仰ぐ人が何人かいました。
その時は一つの演技スタイルを信奉し、やや排他的で、視野も狭く、窮屈になりがちでした。

逆に
マインドコントロールを解くのは大変です。
集団の中で晒し者にされ(いじめ)駄目出しをされた経験のある人は、特に時間がかかります。
また根拠がないのに褒められるのも同じです。

まずは自分の表現スタイルを確認するところから、スタートです。

ワクワクしよう!瞳の輝き!

カーリングの試合を見ていていつも思うのは、選手の目の美しさです。
以前オリンピック代表チームが人気になりましたが、どなたも目が澄んでいて輝いていたのが印象的でした。

目が綺麗なのは、目標をじっと見つめるからかと、最初は思いました。
でも見つめるだけで、あんなに美しくなるとは思えません。

きっと選手の湖のような瞳に奥には、投げようとするストーンの微妙な動きが描き出されているに違いありません。
ワクワクしながら、ストーンの動きを想像しているのでは。

変化の多い年になりそうです!

DSC_0318私塾をスタートさせます。

歌舞伎座がリニューアルオープンしました。
先日オープン前に行ってきました。
確かに正面は昔と同じでしたが、裏の搬入口に回ってみると、昔の面影はありません。
一時期、私はこの舞台で裏方のアルバイトをしながら俳優を目指していたのです。
当時を思い出しました。

あの当時は雪駄に足袋、はっぴが大道具さんの制服?でしたが、今は、安全靴にヘルメット着用だそうです。(歌舞伎座の大道具は違うでしょうが)
舞台もメカニカルな裏側は大きく生まれ変わっていることでしょう。

一方演技も、歌舞伎は伝統があるので、大きな変化はないでしょうが、テレビや映画の演技、表現は、劇的に変化しました。

Youtubeなどで昔の懐かしいCMを見ていてその変化に今更ながら驚きました。
特にナレーションやアナウンスが変わりました。
音節毎に、ローマ字を発音しているように、母音を明瞭に出しているのです。
音楽や映像の古さよりも、しゃべり方の古さに思わず笑ってしまいます。
抑揚もまるで歌のように節をつけて気持ちよさそうに声を出してます。
しかもみんな大声です。
当然ゆっくりです。
実は、私も懸命にそうしようと思っていました。
つい最近までです(笑)

今流れているコマーシャルのナレーションと比較するとその違いに驚きます。

これはコマーシャルナレーションに限ったことではなく、映画やテレビ映画の俳優の演技にも言えます。

言葉が時代を映す鏡なら、その言葉を扱う表現も同じように時代を反映して絶えず生まれ変わっているのです。
当然私達の仕事にもその感覚が求められます。

先日、滑舌をよくしたいと相談に来た子が、声優養成所に10年も通っていたと聞いてショックを受けました。
試しに短い文章を読んでもらうと、まるで昔のCMナレーションのような表現なのです。
1音1音はっきりしようとするあまり、何を言いたいのかまったく伝わってきません。

第一、舌が思うように動かず、つっかえつっかえ・・
これではこの先何年養成所に通ってもプロにはなれないでしょう。
かつて私も劇団の養成所に行ってました。
ですから人の事は言えません。

発声や滑舌法も時代にあったものにしなければ・・・

吹き替え作品は絶滅しかねません。

まず私自身が生まれ変わります。

今月は無料プレレッスンをします。
毎週土曜午後一時からです。

ミニ同窓会

大阪校の卒業生とミニ同窓会をしました。
今月で大阪校を卒業する!私も含めて、
それぞれ近況報告。

そして話は「演技」について・・・
劇団の公演間近の人もいて、熱く語り合いました。

映画演技と舞台演技の違いって?
自然な演技がしたい・・

あっという間に時間が過ぎました。

舌小帯短縮症

舌を前に出せない人がいます。
鏡で口の中を見て下さい。舌べろを上げると、舌の下に白い糸のようなひだが見えますよね。
舌小帯と言うそうです。
生まれつきそのひだが短いのが、舌小帯短縮症。
授乳出来ないような場合は子供の時に手術するそうですが、軽度の人はそのまま大人になります。

舌が前に出ず、上にも伸びず、ラやタが言いにくくなるのです。

言えないわけではないので、
普段の生活では全く支障がないのですが、声の仕事をするとなると様々な問題が生じます。

問題の一つには、教える側の勉強不足もあります。
私も、レッスン生から相談を受けて初めて知りました。

その人は稽古熱心で、真面目なので、声は良く鍛えられているのですが、肝心の所でつっかえるのです。
レッスン後悩みを打ち明けられて、舌の裏を見せて貰いました。

そうしたレッスン生はその後も何人かいました。
「ちゃんと練習していないだろう」と言われて、みんな悔しい思いをしたそうです。

私は、まず、歯医者さんに相談することをすすめます。出来るなら手術をする。
何らかの理由によって手術出来ない、あるいはしない方がいい場合は、下顎の使い方を工夫するよう指導しています。

大きな声を出すよう指導する劇団的な発声法では、アの発音の時に首を後ろにそらすように、上顎を持ち上げます。
多くの人はアの時に下顎を引くのと同時に、首を後ろにそらせます。
これだと、母音のアは気持ちよく出ますが、
特に舌小帯短縮症の人は、タやダ、ラ、サ、シャなどは舌が上顎に届きません。
私だって、その口の開きのまま「アンドロメダ座だぞ!」は言えません。
特に歯茎を使うのは不可能なのです。
喉や舌 そして顎、歯等は100人100色です。
画一的な指導では対応出来ないのです。

*********************************
先日、悩んだ末、手術を受けてきた人のレッスンをしました。
手術後のレッスンは初めてです。
思った以上に簡単だったそうです。
レーザーかと思ったら、メスで切って縫合する従来の手術でした。(術後の経過写真もみせてもらいました)

なにより、本人が気持ちが楽になったのが一番です。
これまで悔しい思いをしてきたので、とてもすっきりした表情に変わっていました。

録音して、以前の発音と比較してみましたが、とても綺麗になりました。
ただ、強く引っ張るように舌を使っていた習慣があるせいか、ダとラの区別がつきにくく
現在、舌を柔らかく使うトレーニングをしてもらっています。

短縮症と言っても人によって違います。
唇より前に出せない人もいれば、もう少し出せる人もいます。
悩んでいる人は、まずは専門のお医者さんに相談してみて下さい。

小学校で朗読

小学校で朗読

みなさんご卒業おめでとうございます。
春の嵐が吹き荒れる中、まもなく卒業する6年生の教室にお邪魔して、朗読を聴いてもらいました。
ボランティアで読み聞かせをしているお母さん達から声をかけていただき、少し時間をもらいました。

作品は、迷いに迷って
重松清さんの「卒業ホームラン」

「春一番」の天気予報で始まる短編小説。
窓から見るグランドには、突風で砂塵が龍のように踊ってます。
聞いてくれる子供達と同じ、まもなく小学校を卒業する野球少年「智」と
父でもあり少年野球チームの監督でもある「徹夫」
そして母と姉、4人家族の心の葛藤を描いた作品です。

本を買って読んだ時、涙が止まりませんでした。

昨夜はWBCの地区予選決勝。
そして重松清さんの作品「とんび」が放送中。

小学6年生には内容的にどうか、不安もありました。

P1010121

親の気持ちを描いたシーンが多いので、子供達の反応が心配でしたが、
みんな、最後までよく聞いてくれました。
感謝感謝です。

何時の日か何かに迷った時に、思い出してくれたら嬉しいです。

P1010142

企画してくださったお母さんと小学校の先生方。
有り難うございます。

ホウテイシキ

休憩無し3時間!あっという間でした。

「ホウテイシキ」
前田君と花木君
AMG大阪校卒業生同士のお笑いコンビ!
彼らが出演するライブ、「コント食堂」に行ってきました。

お笑いライブと言えば、・・・持ちネタを持ち時間やって、次々メンバー交代。
それぞれ20~30分程度・・
この日もそんな寄席を想定して客席に腰を下ろしました。

ところがいきなり、オープニングで出演グループ選抜メンバーによる集団コント!
息もピッタリ、圧巻のダンス!
稽古したんだろうね!(徹夜稽古もあったとか)

後は、
ピンネタ、
コンビをシャッフルしての「ごった煮コント」
最後に持ちネタ!

どれも10分前後の短いネタなので、飽きることがありません。
終わって時計をみてびっくり。
午後10時!!

まさに旬の表現!
知恵を絞り、持てる力を出し切った、最高のパフォーマンスでした。
見終わって爽快な気持ちになりました。

それにしてもお笑い界の層の厚さをまざまざと感じました。
こうした人達に押し出されるように、スターが誕生する。
その座に安住できない厳しさも彼らの存在感によるもの。

落語や講談、漫才など師弟関係の世界とは違う活気を感じました。
弟子入り、下積みを重ねて、デビュー、
芸を教えて貰うかわりに、師匠のご機嫌もうかがわなければならない・・・
もちろん伝統芸にはその良さがあります。
それは師匠に教えて貰うしかありません。
礼儀やしきたりもあるでしょうし、人間関係にもまれる事も大切です。

下積みとは「職」を得る為のもの。
「職」は寄席、地方への営業からテレビへと変わりました。
そしてライブへ。

お笑いブームはこれまで何度かありました。
第一次お笑いブームでスターとなった「東八郎さん」
公私にわたってお世話になりました。
その劇団公演で舞台監督のお手伝いしていたことがあります。
それがちょうど第二次お笑いブーム、
浅草の松竹演芸場には豪華なゲストが日替わり出演!
片岡鶴太郎さんがアントニオ猪木のモノマネをしてました。
ツービート、B&B、セントルイス、千夜一夜・・
舞台袖から、転げ落ちそうになって笑っていました。

次のお笑いブームの時は、お笑いライブの企画のお手伝い。
当時友人が経営していた赤坂プレイボックスでお笑いライブをやることになり、スタッフを紹介したりしました。
出演者は、蛍雪次郎一座、B-21 SPECIAL、ぞうさんのポット・・

しかし今回のような企画は考えられませんでした。

彼らの今後の活躍を楽しみに・・

勘三郎さんの座右の銘

「事を敬して信」『遊びも仕事も本気でやれば信頼を生む』そうした生き方を目指していると・・
論語だそうですが、この言葉が重く脳裏に蘇ります。
終わりがなければ、始まりはありません。
新しい事に挑戦するには勇気が必要です。
決断したからには、信を得られるようにこれまで通り進むしかありません。

映画レミゼラブルを観て

海外の映画を日本語に吹き替える仕事に携わってきました。
吹き替えるのは難しいと感じた作品は何本もありましたが、レミゼラブルは怪物です。
これを吹き替えてお客さんに満足していただくには、膨大な時間とお金が必要でしょう。
思った通り日本語版はないようです。

演技について、内田樹著、「態度が悪くてすみません」にこんな事が書かれています。
ふと聞こえた高校生の芝居の稽古を聞いて、演技の台詞について、

「芝居の台詞を読み上げている高校生の頭の中で、「次に言うべき言葉」はあらかじめできあがっている。彼女たちは「保存」してあるストックフレーズをそのまま機械的に「印字」して発語しているに過ぎない。
この過度のなめらかさは身体が言葉に押した「刻印」なのである。芝居をするとき、演技者は、それが「演技」であることを全身で表現してしまう。」

もちろんこれは高校生の演技練習を聞いての話で、プロの俳優の事ではない・・のですが・・

さらに内田先生は、
「言語は身体性と意味性が輻輳するダイナミックでカオス的なプロセスである。身体性と切り離された意味性などというものは、ほんらい存在しない。
しかし、演技者は、言語から「純粋な意味性」だけを抽出し、それをクリアーカットな発声で伝達するという無謀な夢を見て、身体性を意味性に従属させようとする。それは「倒錯」である、と私は思うのである。」

 実は先日 演技者として「倒錯」している自分を思い知らされたばかりです。
文字を追いつつ、「純粋な意味性」だけを抽出しようとしているのです。
さらにクリアーカットな発声で伝達しようとしています!
高校の演劇部のようだと言われそうです。
台詞が、「身体性と意味性が輻輳するダイナミックでカオス的なプロセスで発せられた言語」であるかのように観られる事を目指して、訓練してきたはずなのに・・

もう一冊平田オリザ著 「現代口語演劇のために」
「私たち日本人は、強調したいことを文章の前に持ってきて、繰り返すという言語習慣を持っている。だから、わざわざ強弱アクセントを付けて強調をするということはあまりない。強弱アクセントを付けるのは、とても特殊な状況だけだ。」

ワークショップなどで演技の指導をしていていると、台詞に癖があってその癖が直らない人が多くいます。養成所などでのレッスン歴が長い人ほど癖はとれません。その元凶が、この強弱アクセントです。内田先生の「言語から純粋な意味性だけを抽出する」のならまだしも、その意味性すら無視して、特定の単語だけ、特に述語を強調するおかしな癖が多いのです。
なぜなの?と聞いても答えられる人はいません。
無意識にやっているのです。

「現代口語演劇のために」を続けて読むと癖の理由がわかって来ます。

「「内面」の「心理」を翻訳調の戯曲の言葉に忠実に「表現」しようとする新劇は、その架空の表現のためにこの強弱アクセントを連発することになる。私たちが一般に、「新劇調」と呼ぶ、一種独特の舞台の台詞回しは、この無根拠な強弱アクセントの多用に由来している。」

この「芝居がかった」「暑苦しい」新劇調台詞回しから抜け出す必要があります。

大阪に来ています。

一昨日深夜大阪に来ました。
今週は雪の予報が外れた東京ですが、こちらは雨のお出迎えです。
昨日は、卒業生が会いに来てくれました。
この仕事をしていて一番幸せを感じる時でもあります。
雨もあがり、今朝は薄曇り。
今日は初めて会う人たちとのレッスン。
どんな人がいるのか今からわくわく、楽しみです。