節水シャワー
劇団四季の浅利慶太氏がゲストの朝の対談番組を見ました。
芝居は台本の出来が8割、出演者やスタッフの力は2割との言葉には重みがありました。
俳優座・民芸・文学座、の同時期に創立した新劇団とは違う道を辿ってきましたが今や押しも押されもしない優良企業です。
草創期の劇団員の苦労話をよく聞いていたので、あまり良い印象はありませんでしたが、なんと言ってもお客さんに支持されているのですから、だれも文句は言えません。
番組内で四季の発声法の基本が紹介されていましたが、母音法もその一つ。
日本語は全てに母音がついているので、母音だけをしっかり発声訓練した後、子音も発音すると言葉が明瞭に聞こえる、と言うものです。
私もアテレコの仕事をはじめてから、この訓練法を取り入れました。
母音の明瞭さを求められるからです。
それまでは落語のような味のある台詞が好きでした。
落語のように生きた会話では、母音は5つではありませんし、長さも均一なんて事はありません。
「あ」でも「い」でも「う」でもない微妙な音がいくつも出てきます。
落語をもし母音法でやったら、と考えるだけでも恐ろしくなります。
しかし外画の吹き替えは、落語法だけでやるわけにはいきません。
新人の頃ある刑事ドラマの持ち役にこんな台詞が出てきました。
「コロラドのハロルドから、フロリダのロナルドに電話があった」
台本を見たとき心臓が止まりそうでした(笑)
当時は、その日台本を貰って、一度映像を見て、テスト、ラステス、本番収録というシステムでした。一人で何度もとちると仕事全体のスケジュールが押してしまいスタッフにも共演者にも迷惑がかかります。プレッシャーの中なんとか、「ok」(←小文字)をもらった記憶があります。
稽古時間がたっぷりあるならともかく、短時間で誰にでも分かるような音で表現するためには、母音をしっかり綺麗に出す必要があるとこの時感じました。
母音法は仕事によっては有効な訓練法だと思いますが、問題は母音の長さのコントロールだと思います。均一な長さを意識しすぎると、無機的で不自然に聞こえ、響きを聞かせようとすると、長くなり流れて聞こえます。落語のように曖昧な母音を使ってナレーションをすると、滑舌が悪く聞こえます。
そこで節水シャワーの話になるわけですが、続きはまた。