開祖

だめな人の前をメザシをもって移動中

手作り味噌の会「みそひともんちゃく」発足25周年を記念した、参加者の想いを綴った文集が完成しました。この会を中心になって運営しているのは、サザエさんの「マスオ」さん役でおなじみの増岡弘さんです。私たちは「開祖」と呼んでいます。教祖ではありません。
会の目的は「自分で味噌を作って食べる」それだけ。
良い材料をまとめて仕入れ、分配してそれぞれ仕込む。それが、材料を取りに集まるついでに、「前年に仕込んだ味噌を持ち寄り品評会をしたらどうだ」と言うことになり、年に一度味噌(酒も)を味わい楽しむ会になりました。一生懸命美味しい味噌を作っても仕事が増えるわけでも、また売るわけでもないので、お金には結びつきません。その年の品評会で 一番美味しいと認められると、表彰状、それに芸術家でもある開祖作の陶器が賞品としてもらえます。(開祖のお手製の器はヤフーオークションで値のつくような物ではありませんが、我々には途方もなく価値のある一品です。なにより開祖の愛情が込められています。)メンバーの入れ替わりはありましたが、なんと25周年をむかえたのです。

そう言えば「だめな人の前をメザシをもって移動中」のシティーボーイズも結成して25年になるんだそうです。今年も無事東京公演を打ち上げました。25年も馬鹿なことをまじめにやってきた情熱には頭が下がります。「技を拒否する姿勢」はますます健在です。

先日家のパソコンでビデオの編集していてふと思いました。DVDやビデオは映像と音声がそれぞれ別のトラックに記録されています。人間の行動にはもう一本編集の出来ない「心」のトラックがあると。25年続いた裏で、どちらにも打算のない「ひたむきな情熱」が、「心のトラック」にはっきり記録されていると感じました。

斉木さんと違って自分で詩が書けないので人の詩を、

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。
青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増やすが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。
六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、
驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、
悲嘆の氷にとざされるとき、
二十歳であろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
八十歳であろうと人は青春にして巳む。

サムエル・ウルマン「青春」(作山宗久 訳)より

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