究極の異化効果
文楽公演 浮声切響 究極の異化効果
壇ノ浦兜軍記・阿古屋琴責の段 三十三間堂棟由来
知り合いに誘われ何十年ぶりかで文楽の公演を見ました。
文楽というと直ぐ人形が思い浮かびますが、今回は太夫の浄瑠璃語りに圧倒され、改めて読み語りの奥の深さを感じました。
朗読や語りの会を見に行くと、暗記して台本は見ないスタイルと、暗記しても台本を持つスタイルとがあります。明快な演出理由があるはずなのに、どちらにも目のやり場に困る収まりの悪さに疑問を感じてました。でも文楽を見て清々とした気持ちになりました。その答えがここに凝縮されていたのです。その一つが「床本」、太夫は演じる前に床本ををうやうやしく頂き、「見台」に載せ語り始めます。観客は三味線が鳴り、人形が動き出すとその意味がようやく分かります。三位一体の融合と言われますが、人形・人形遣い、語り・太夫、三味線・三味線弾き、床本の存在が、私たちを三者との微妙な距離に導いてくれます。
また生演奏との共演についても、明快な答えがここにありました。阿古屋琴責の段での琴、三味線、胡弓の演奏、人形の動き、浄瑠璃、まさに三位一体の融合は見事と言うほかありません。
太夫は一人で詞(ことば 会話の部分)地合(じあい 情景描写の部分)節(ふし うたの部分)を語りますが、声色や物まねではなく、人物の心情を表現する事で、老若男女を演じ分ける(パンフレットによる)のだそうです。三十三間堂棟由来でお柳親子の別れの場面、太夫の迫真の台詞は圧巻でした。太夫が一心不乱に浮声切響に語る目の先にあるのは見台の床本、どんなに感情移入しても、お客が見ているのは三人の人形遣いに操られた人形なので、どろどろした台詞も心地よく耳に入ってきます。気がつくと客席の私たちは怠けることなく劇に参加して、ファンタスティックな異空間にとけ込んでいました。
語りにはリアリズム演劇の手法が良い作品もあるし、講談や落語のような距離感で語る方が良い作品もあります。歌舞伎、落語、講談、この人形浄瑠璃がルーツな訳ですから、もっと早く見に来るべきでした。誘ってくれた放送作家の今井田氏に感謝です。